選択的夫婦別姓の導入を求める会長声明
日本の法律では、結婚をするためには、夫婦は同じ氏を名乗らなければならない(民法750条「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。」)。そのため、婚姻後もそれぞれが婚姻前の氏(姓)を称すること(いわゆる夫婦別姓)を希望する夫婦の婚姻は、認められていない。これにより、婚姻の際に希望しないのに様々な事情からやむなく改姓を受け入れる人もいれば、婚姻を望みながら、改姓が制約となり法律上の婚姻を断念する人もいる。そして、改姓を受け入れても改姓により仕事などの社会生活に不便を来している人がいる。
このような民法の定めは、憲法により保障された人権を侵害している。すなわち、
(1) 「氏名」が個人の人格の象徴(アイデンティティ)であり、人格権の一部を構成するものであるにも関わらず、婚姻に際して、氏(姓)の変更を強制されない自由が不当に制限されているという点で、人格権を保障する憲法13条に違反する。
(2) 夫婦が同姓を選択しない限り婚姻による法的効果を享受できず、同姓を望む者と望まない者との間で差別的取扱いをしているという点で、憲法14条の定める「法の下の平等」に違反する。
(3) 夫婦が同姓でなければ婚姻できないといった、両性の合意以外の要件を付すことは、「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立」すると定める憲法24条1項に反する。
この点、「通称名の使用が広く認められていることにより社会的な不利益は緩和されているので、選択的夫婦別姓制度は必要ない」、という意見がしばしば述べられる。
しかし、通称名の使用により、本名(戸籍名)の改姓を強いられることにより生じている人格的利益の喪失がなかったことになるわけではない。また、婚姻により改姓した者について、旧姓時代の仕事や研究の業績、実績、成果等が(婚姻後も旧姓を通称名として使用していたとしても)同一人のものとして認識されない、海外では通称名は偽名と疑われる、特許登録等ができない、等の弊害が生じていることも報告されている。折しも本年6月、一般社団法人日本経済団体連合会からも選択的夫婦別姓制度の早期導入を求める提言が公表されている。
また、「夫婦別姓は家族の一体感を喪失させる」という意見が述べられることもある。しかし、そもそも姓を同じくすることにより家族の一体感を高めようとするか否かは個々の夫婦が自由な意思に基づき決定できるはずの事柄であり、法により強制されるべきものではない。
さらに、「親子の姓が異なるのは子どもがかわいそう」ということが選択的夫婦別姓制度のデメリットとして挙げられることがあるが、事実婚、国際結婚、離婚・再婚家庭等、親子の姓が異なる家族は既に多く存在している。世界各国の婚姻制度を見ても、夫婦同姓を法律で義務付けている国は日本のほかには見当たらないところ、子どもの姓の選択が問題となっているという報告も見受けられない。
選択的夫婦別姓制度は、別姓を希望しない夫婦に別姓を強制するものでない。別姓を希望する夫婦にその機会を与えるに過ぎない制度である。法制審議会が選択的夫婦別姓制度を導入した民法改正案を平成8年に答申して以来、28年もの月日が経過している。にもかかわらず、未だ実現していない。本年10月29日には、国連女性差別撤廃委員会が日本政府に対し、夫婦同姓を義務付ける民法の規定を見直し選択的夫婦別姓を導入するよう4度目の勧告をした。
婚姻をするために改姓を余儀なくされアイデンティティの喪失に直面する人々や、その喪失を望まず婚姻できないカップルが多数存在するところ、それらの人々の人格的利益の喪失に伴う苦しみに思いを致せば、その導入には一刻の猶予も許されない。
よって、当会は国に対し、夫婦同姓制度を定める民法750条を速やかに改正し、いわゆる選択的夫婦別姓の制度化を早期に実現するよう強く求めるものである。
令和6年(2024年)11月18日
函館弁護士会
会長 木下 元章